“R2R”はココが違う
FiiOが2023年秋に発売した据え置き型ヘッドホンアンプ/DAC「K11」は、4.4mmバランス出力とPCM384kHz/DSD256対応USB DACとしての機能を備えながらも2万円台前半というコストパフォーマンスの高さで一躍人気商品となったが、先日「R2R」を冠するモデルが追加された。その名のとおり、「K11」のDAC部をR2R DACに入れ替えたヘッドホンアンプ/DACだ。
そもそもDACは「Digital - Analog Converter」の略で、デジタル信号をアナログ信号に変換する回路のことだが、ワンチップに集積されることが多い。だからDACチップがデジタルオーディオデバイス選定の決め手となったことは自然な成り行きと言えるが、オーディオメーカーとしてはジレンマがあろうこともまた想像に難くない。
いっぽうのR2R DACは、汎用ICの形にはせず複数の部品で構成された独自設計のデジタル/アナログ変換回路をいう。明確な定義はないものの、FPGAをコアとしたさまざまな素子/部品の組み合わせで実装され、現在主流の(デルタシグマ型)汎用DACチップより音の諧調をより忠実に再生でき、汎用品にはない"味"を出せることが最大の特徴だ。実装面積が大きくなりがちでコストもかさむことから、据え置き型の中でもハイエンドクラスでしか見かけなかったが、近年本機のような小型機器にも採用事例が増えている。
サイズは「K11」とほぼ同じ147(幅)×32.3(高さ)×133(奥行)mm。重量はわずかに13g上回るものの、外見上の差異は天面の「R2R」ロゴ以外見当たらないし、同梱のケーブル類も同じだ。USB入力時の対応サンプリングレートもPCM384kHz/24bit、DSD256とまったく変わらないとくれば、違いはDACだけと短絡的に考えてしまいそうになるが、音に関わる部分でいくつかの違いがある。
「K11 R2R」のフロントパネル。ヘッドホン出力は6.35mmシングルエンド出力と4.4mmバランス出力を用意
「K11 R2R」のリアパネル
中央部が突き出た底面デザインは「K11」と共通だ
そのひとつが、サンプリングモードを切り替える機能。「K11 R2R」には全体を384kHzにアップサンプリングする「OS(Over Sampling)モード」と、オリジナルのままの「NOS(Non Over Sampling)モード」があり、ボリュームボタン長押しの設定メニューから選択できる。「K11」にもノンオーバーサンプリングフィルターモードは存在するが、「K11 R2R」にはデジタルフィルター切り替え機能が存在せず、「NOSモード」か「OSモード」かの二択だ。
ボリュームコントロールチップに「NJW1195A」を採用したことも変化と言える。左右のバランス入出力を1基で制御できるこのチップ、抵抗ラダー型で理論上の分割数は65,536と分解能があるうえに、低歪・低ノイズをうたう。この変更がどれだけ音に影響しているかもポイントと言えるだろう。
刻みがあり操作しやすいボリュームノブ
素の「K11」と「K11 R2R」を聴き比べ
「K11 R2R」だけではR2R DAC採用の効果がわかりにくいため、素の「K11」もあわせて借りてみた。ソースは「iPhone 15 Pro」で入力経路はUSB、イヤホンには4.4mmバランス接続のSIMGOT「EA2000 Boson」をチョイスした。1DDながら高域まで素直に伸びるサウンドキャラクターは、ドンシャリすぎずモニター的でもなく、2台を同条件で聴き比べるには好適と判断した。
「K11」(左)と「K11 R2R」(右)
まず、素の「K11」から。5種類用意されたデジタルフィルターのうち、デフォルトの「ミニマムフェイズスローロールオフフィルター」で試聴したが、低域にやや厚みがありサウンドステージ広めの傾向で、これみよがしなところのないテイストだ。音の緻密さも印象的で、ナイロン弦のバリトンギターもリアルな空気感がいい。
「K11 R2R」はというと、サウンドキャラクターは「K11」に近い部分があるものの、全体的にやや丸みを帯びた印象。シャープさはあるがトゲトゲしさが少ない、柔和な印象と言えばいいだろうか。しかしリムショットのような立ち上がり/立ち下りの速さが肝要な音については輪郭がはっきり、凛としたスピード感がある。「K11」同様、高域が広々という音作りではないが、ナイロン弦ならではの余韻など難しい表現もこなすから、よくできたものだと感心してしまう。
入力したソースにより天面LEDの色が変わる
ところで、「K11 R2R」のヘッドホン推奨インピーダンスは8~350Ωと、「K11」の16~300Ωより若干余裕がある。ハイインピーダンスのヘッドホンを使う予定があるのならば、この差は見逃せないところだろう。
サウンドキャラクターにおける「K11」との違いという点で言えば、低域の量感・スピード感とボーカルの存在感だろうか。ドラムとベースは「K11 R2R」のほうがズンとくるし、重心低めで安定した印象がある。ボーカルも明瞭で、楽器との位置関係をつかみやすい。当然、ただR2R DACに入れ替えたわけではなく、明確な方向性をもって設計に臨んだ様子がうかがえる。
「NOSモード」と「OSモード」も比較してみたが、正直これは一長一短だ。デフォルト設定となっている「OSモード」は384kHzにアップサンプリングする分、音に滑らかさと緻密さが加わるが、いい意味でも悪い意味でも"音作り"を感じてしまう。いっぽうの「NOSモードは」、これが“素”の音なのだろうという鮮烈さは増すが、ソフィスティケートされた音ではなくなる。
モードをデフォルトの「OS」から「NOS」に切り替えて再生
まとめ
USB DACやDAPはいろいろあるが、どれも汎用品DAC搭載機ばかりで一度は「R2R DAC」を試してみたい……という向きに「K11 R2R」は興味深い選択肢として映るはず。素の「K11」より若干値は張るが、「NOSモード」を備えているから、いまや新品は入手困難となったマルチビット型DACの雰囲気も味わえる。好奇心旺盛なヘッドホンファンにおすすめしたい製品だ。
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